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あっぱれ長屋の江戸っ子たちと現代人くるりのドタバタ人生談義

 幸せになりたい時向き編  





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               あっぱれ長屋のプラス話 第84号   

                〜 恩の字ではなく謝の字 〜  
                                  2007. 6. 3   
 

  

  くるり
   みなさん、こんにちは。
   今日のお江戸あっぱれ長屋からのお客様は、
   浪人天さんのかけがえのない愛妻、おとくさんです。

  とく
   まあ、かけがえのない愛妻だなんて恥ずかしいこと。
   でも、ありがとう。

  くるり
   あ、感謝される人になってしまった。
   
  とく
   感謝される人になったらいけませんの?

  くるり
   感謝される人間より、
   感謝できる人間を目指そうと思ってるもので。
 
  とく
   確かに、
   感謝されても、感謝できない人間より、
   感謝されるほどのことができなくても、
   感謝できる人間のほうが、
   まだ救いがあるとは言えますけど、
   感謝される人になることだって大事でしょう。
 
  くるり 
   だって、人に感謝できるということは、
   何かをしてもらう立場。
   感謝されるということは、
   何かをしてあげる立場。
   してあげるより、
   してもらう方がいいってことに気がついたのです!
  
  とく  
   お義母さまが聞いていらしたら、
   また薙刀で追いかけられそうね。
  
  くるり
   冗談よ、冗談!
   天さんのお母上だけは、
   勘弁してください。
  
  とく
   感謝できると言うのは、
   人様から受けた恩を、
   ありがたく思うことではあるけれど、
   それだけでは並です。

  くるり
   上は、その人に恩返しをすることでしょ。

  とく
   与えてもらった恩を、
   生かして表わすことが上です。
 
  くるり
   だから、それが恩返しではないの?
    
  とく
   その人への恩返しよりも、
   受けた恩を忘れずに、
   自分の中に生かしておくことが大切なのです。

  くるり
   じゃあ生かしておけば、返さなくてもいいと?

  とく
   返し方の問題です。
   その人に受けたから、
   その人に返すというような、
   狭義的な考え方ではなく、
   ずっと忘れずに生かして、
   広義的に返すということ。
   もし恩を忘れなければ、
   同じように困った人がいた時に、
   助けてあげられる。
   また、そういう気持ちを持てる人間になれたことで、
   自分にも広がりができて、
   新たな形の恩返しが生まれるかもしれない。
   感謝の気持ちを、
   自分を生かすための糧にできることが、
   上なのです。
 
  くるり
   なるほど。
   恩返しを大きく捉えると、自分も大きくなる。
   そうなると、最初に恩を与えてくれた人への恩も、
   ますます大きくなるから、
   感謝の念も増す。

  とく
   与えた人だって、
   自分の影響で、その人がいいほうに変わったとしたら、
   喜びも大きくなって、
   また他の人のためになることもしてあげられる。
   与えた人も、大きくなれるのです。
   狭義の恩返しも大切かもしれないけれど、
   それだと、恩返しも小さなもので終わってしまうのです。
   受けたから返すというような考え方では、
   物理的、義務的、自己満足的になってしまうこともあります。
   それに、その人に、恩返しする機会があるとも限りません。
   でも、広義に捉えたら、
   恩返しの機会はいくらでもあるもの。
   それがめぐりめぐって、
   その人にも波及するかもしれません。
    
  くるり
   そう言えば、人間は、
   気づかない恩だって、無数に受けてるものなんだから、
   狭義の恩返しだけで、
   自分は感謝できる人間なんて、
   思ってはいけないね。

  とく
   まあ、くるりさん、
   今日は食べ物がないのに、よくそこまで、
   考えられるようになりました。
   ほめてさしあげます。

  くるり
   ほめられる場所が違ってるような気がする。

  とく  
   感謝の謝の字には、
   謝るという意味もあります。
  
  くるり  
   謝罪の謝。
    
  とく
   これは私の考え方ですけれど、
   感謝とは、ありがたや、ありがたやだけではなく、
   人様にこんなことをしていただいて申し訳ない、
   お礼ばかり言っていては、申し訳ないってところにも
   通じると思うのですよ。

  くるり
   確かに、ただのありがたいだけではなく、
   ありがたくて申し訳ないくらいだと考えると、
   もっと深みが出てきて、
   忘れてはならない、生かさねばならない気持ちが、
   強まってくると言えるかも。
  
  とく
   感謝と謝罪は別のものでありながら、
   その気持ちを忘れずに生かすことが重要なのは、
   同じなのです。
 
  くるり
   そういえば、
   人様に喜ばさせていただいたから、
   今度は人様を喜ばせたいと思って何かするのも、
   人様にお詫びしてしまったから、
   今度は人様に詫びさせたいと思って何かするのも、
   同じようなものだね。
  
  とく
   そろそろ、どこかから、
   薙刀が飛び出てくるかもしれませんわね。

  くるり
   わー!冗談です!

  くるり
   人様にお詫びしたから、詫びさせるでは、
   全然お詫びしてることになってないではありませんか。
  
  くるり
   ですよねー。
  
  とく
   私としたことが、早まって、
   食べ物がなくても頭の回転が良くなったと、
   ほめてしまったようね。

  くるり
   ほめてませんて。
   人に感謝はできるけど、
   感謝されるようなことはできないっていうのも、
   お詫びで考えてみると、
   お詫びすることはできるけれど、
   詫びてもらうこともできないってことでもあるわけだ。
   謝りっぱなしで、謝ってくれる人がいないんじゃ、
   つまらないかも。
   
  とく
   困りましたわ。
   この思考回路には、ついていけません。
   やっぱり、ご褒美用の食べ物で、
   つらないとだめなようね。
  
  くるり
   もしかして、
   動物に芸を仕込むのと同じように考えられてる?

  とく
   仕方ないけど、何もないから、
   このまま進めましょう。   
   反対に、人からは感謝されるけど、
   人に感謝ができないって人は、
   お詫びはされても、
   お詫びはしない人ってことにもなるのです。
  
  くるり  
   だから、そういう人がする感謝されることって、
   偽善や押し付けの自己満足型になってしまうんだ。
 
  とく
   良かったわ。軌道修正できて。

  くるり
   これが本来の私ですので、お気遣いなく。

  とく
   そう願います。  
   謝の字には、去るという意味もあるのですよ。
 
  くるり
   どういう場合?

  とく
   代謝の謝。
   それまでのものが去ることにより、
   新しく入れ替わり、生まれ変わっていく。
   これだって、感謝することにより、
   恩を知らない人間から、
   恩を感じる人間になり、
   恩を与えられる人間になることにも通じます。
   感謝や謝罪の謝の念を忘れないで生かすことで、
   どんどん新しい自分に変わっていく。  
   ただ恩を感じてありがたがるだけでなく、
   それを何かにつなげてこそ、
   お返しする範囲や形も変わっていけば、
   いろいろ得るものも広がっていく、
   その様は、まさに代謝とも言えるでしょう。
 
  くるり
   じゃあ、謝絶の謝は、
   謝を絶つということで、
   恩を絶ち、謝ることも絶ってしまうってことにもなる。
   
  とく
   そうそう。
   くるりさんて、馬鹿なんだか利口なんだか、
   本当にわからない人だこと。

  くるり
   なんですか?

  とく
   いえ、本来のくるりさんはさすがねって。  
   その場合の謝には、ことわるという意味があるのです。
   でも、謝絶という場合は、
   どちらかというと、自分の意思でというより、
   させられてる場合に使うことが多いでしょう。
   自分の意思でする場合は、
   拒絶と言ったほうが合うはずです。
 
  くるり 
   そういえば、
   面会謝絶も、するのではなくさせられるものに違いない。
   心配してくれる思いに対するお礼も
   心配かけてるお詫びも
   本人の意思に関係なく絶たれてしまって、
   ことわざるを得ないという状況だものね。
   
  とく
   だから、感謝や謝罪の念を絶つことも、
   やむを得ない場合のみで、
   自らすることではない、
   してはならないというところに、
   つながると思うのですよ。
   ありがたい気持ちの謝だけではなく、
   他の意味も取り込んで考えてみると、
   感謝の奥深さが、いろいろと見えてくるものです。
    
 くるり
   感謝をあなどってはならぬということが、
   よくわかりました。

  とく
   してあげるより、してもらうほうがいい
   なんて安易な発想で決めないように。
   
  くるり
   はい。
   感謝の謝。
   謝罪の謝。
   代謝の謝。
   謝絶の謝。
   謝の意味は奥深い。
   感謝を自分の糧として、
   狭義ではなく広義の恩返しができるようになることで、
   真に感謝ができ、感謝される人となり、
   自分の幅も広げられる。

  とく
   たとえば、私が「かけがえのない愛妻」と言われて、
   ありがたく感じた気持ちを忘れず、
   他のおかみさんたちにも
   言ってあげたら、
   もっとたくさんの人を喜ばせることができる。
   すると、そのおかみさんたちが、
   またそう言うようになる。
   そうして連鎖したものが、
   くるりさんのところに戻ってくるという形の恩返しになることだって
   あるわけです。

  くるり
   大変、戻ってくる前に、おかみさんになってなきゃ。

  とく
   別の意味では、もう戻ってますけど。
   反対に、くるりさんだけに返して、
   終わりにするという、
   狭義で考えるとおかしなことになります。

  くるり
   どういうふうに?

  とく
   その場合、
   やはり言葉で返すのが一番自然ですから、
   くるりさんは、なんと呼んでさしあげたら、
   喜んでもらえるかと考えることになるでしょう。
   でも、「美人で可愛いくるりさん」では、
   あまりに見え透いてるお世辞で、
   いかにもとってつけたようになってしまいます。
   私もそんな嘘は言いたくありません。
   そこで、正直に思っているところの、
   「馬鹿だか利口だかわからないくるりさん」を、
   よく言うとしても、せいぜい、
   「馬鹿のようだけど、案外利口なくるりさん」
   程度にしかなりません。
   その程度のお世辞のお返しで、
   お返しされた気になってしまったら、
   くるりさんだって、喜べないでしょう?
   
  くるり
   返される前から、喜べません。
 


   
 (発行マガジンより、本文のみ掲載しております。)


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