おまけの
「あっぱれ長屋にいらっしゃい」の江戸っ子達の一こま
ある日その壱 | 自分の不幸は蜜の味(ある日のどう造の辻占い屋) |
ある日その弐 | 浪人天さんの母来たる(ある日の長屋) |
ある日その参 | ♪おとめのいかり(ある日のおなか茶屋) |
ある日その四 | 茶さじ郎の薮入り(ある日の長屋) |
ある日その五 | おとくの花嫁紹介? (ある日のおなか茶屋) |
ある日その六 | 易より山勘(ある日の長屋) |
ある日その七 | 雨降りの日は酒盛りの日(ある日の長屋) |
ある日その壱
橋のそば、どう造の辻占い屋でのある日 自分の不幸は蜜の味
ある日の住人 どう造 もへじ
どう造
くー、寒いねえ。こんな寒い中、座って客待ちなんて因果な商売だよ。
誰か、客でもあれば話して気が紛れるのになー。
今日は早終いするかなあ。
あれ、なんか向こうから、どよーんとした人が来ますよ。
体中から、どよーんとくらーい雰囲気が漂ってるねえ。
なんか、思いつめた様子だよ。
この先の橋を通ったら、飛び込みかねない雰囲気だな。
もしもーし、そこの人!
全然耳に入らないみたいだね。
もしもーし、そこ行く色男!
男
なんだい?
どう造
あれまっ、すぐ返事したよ。
どうも、あなたはお見受けしたところ、
相当思いつめた様子なんで、見てしんぜようかと思ってね。
男
金がないから、見料は払えねえよ。
どう造
まあ、このさい金はどうでもいいよ。
どうも、あなたの周りに漂うどよーんが気になってね。
男
どよーん?
どう造
そう、どよーん。
そこの橋を渡ったら、そのどよーんが、どぼーんといっちゃいそうな感じだよ。
男
ドキッ、おめえさん、よく当たる易者のようだね。
どう造
えっ、イヤー照れるなー。
それほどでもない、いやあるかなあ。
男
実はな…。
夜になったらどぼーんといっちゃおうかと思って、
下見にきたんだ。
どう造
そいつは穏やかじゃねえ。
いったいなんでどぼーんと行かなくちゃなんないの?
男
商いに失敗して大変な借金抱えちまった。
どう造
それだけでドボーン?
男
さらに女房に逃げられ…。
どう造
それだけでドボーン?
男
さらに残された子供は病気になり…。
どう造
それだけでドボーン?
男
さらに親もボケだして…。
どう造
それだけでドボーン?
男
あんたね、それだけそれだけって馬鹿にしたように言うんじゃないよ!
こっちは切実な問題なんだ。
からかう気かい!
どう造
だって、本当にそれだけでドボーンと行っちゃうんかい?
たとえば向こうから歩いてきた、
へんちくりんな格好の男ね。
おーい、もへじ、ちょっと。
もへじ
なんでえ。
オッ、今日は珍しく客がいるねえ。
どう造
人聞きの悪いこと言うな。
旦那、この男は私の知り合いだ。
こいつはへのへの亭もへじって噺家なんだが、
聞いたことないだろ。
落語にかける情熱だけはあるんだが、売れないのよ。
借金とは縁が切れねえ。
男
といっても、俺みたいにもっと上もいらあ。
どう造
女房もいねえ。
男
いないんなら、逃げられることもねえよ。
どう造
当然子供もいねえ。
男
なら、病気の子の心配することもねえな。
どう造
親も子供のころに死に別れた。
男
なら、ボケた親の面倒みる心配がねえよ。
もへじ
なるほど、旦那はいいこと言うねえ。
どう造
もへじ、この旦那は商いに失敗して借金を抱え、
その上、女房に逃げられ、子供は病気、親もぼけてきて、
今夜この橋からどぼーんといこうかと下見にきたそうだ。
もへじ
そいつは、いけねえや。
おめえさんはどぼーんでもいいだろうが、
残された子供と親はどうするんでえ。
おめえさんには、守るべき家族がいる。
頑張って借金を返すという目標もできた。
金の切れ目が縁の切れ目とばかりに、
子供も置いて出て行くような女房の正体がわかったし、
そんな女と知らずに一生懸命養ってた馬鹿馬鹿しさからも
解放されたじゃねえか。
これは、そんなひどい女と別れて、
もっといい嫁がくることになるきっかけかもしんねえし。
なんで、どぼーんといかなくちゃなんないんだろうねえ。
「災い転じて福となす」っていうじゃあねえか。
どう造
旦那、これよ。
人ってのは、ともかく、自分の不幸が一番ひどいと思いがちだ。
自分のこととなると思いつめてしまうが、
人のことはいい方に考えられる。
もへじ
そうそう、天涯孤独、
なかなか芽が出なくて稼ぎも少ない、
嫁もこないあっしから比べれば、ずっと恵まれてらあ。
あー、あっしは可愛そう、ウッ、ウッ…
男
まーまー、泣かないで。
あなたは独りもんだからこそ、
貧しくても自分の好きなことを、とことん続けられるのでしょう。
あれっ、ホントだ。
どう造
なっ、おめえさんは、
今どよーんに取りつかれてるから、考えがどぼーんにいってるだけだ。
私が、どよーんを取り払ってあげるよ。
もへじ
おいおい、なんか怪しい宗教みたいになってきたぞ。
男
でも、金は払えねえんだよ。
どう造
金はいらん。ここで会ったも何かの縁だ。
いいか。
どよーんどよーん、どよよーんよん、
もへじへうつれどよーんどよーん。
もへじ
なに?今、もへじへうつれって言ったか?
どう造
旦那、どうだい?
男
なんか、気持ちが明るくなってきたよ。
やっぱり、悪いもんにとりつかれてたかなあ。
そうだ。こんなことで、どぼーんなんて考えてるのは、時間の無駄だ。
それにこんな寒いときにやったら、風邪ひいちまうわな。
ありがとよ、いつか成功して、必ず金をもってくるよ。
そうだ、早く帰ってやんなきゃ。
本当にありがとう。それじゃ。頑張るよ!
どう造
頑張ってねえ!
思ったより単純な人だったねえ。
もへじ
単純というのは人の話を素直に聞けるってことでもあるもんな。
だけどよ、人のことはいいほうに考えられるってのは、
人事だからいい加減に考えられるってことじゃあねえのかあ。
どう造
悪く考えりゃあそうだけど、
思いつめちまったら、その程度に考えときゃあいいのよ。
そうすりゃあ、あーやって元気がわいてくるじゃあねえか。
もへじ
大体、どうあっても自殺だけはいけねえな。
お迎えを待ちきれなくて、先走っちまっても、
向こうじゃまだ用意してないんだから、居場所なんかねえ。
もっとも、本気でどぼーんしようってやつが、
下見になんかこねえけどな。
死んだつもりになって、また出直すために来るんだよ。
ところで、どう造先生、あの男からあっしにうつしたどよーんだけどさ、
あんたにやるよ。
どう造
えっ!
もへじ
どよーんどよーん、どう造にうつれ、どよーんどよーん。
どう造
わーよせ!…
アー、おはぎに今日も稼ぎがなかったのかい!って叱られるなあ。
どよーん、どよーん。
もへじ
あんたもけっこう単純ね。
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