おまけの
「あっぱれ長屋にいらっしゃい」の江戸っ子達の一こま
| ある日その壱 | 自分の不幸は蜜の味（ある日のどう造の辻占い屋） |
| ある日その弐 | 浪人天さんの母来たる（ある日の長屋） |
| ある日その参 | ♪おとめのいかり（ある日のおなか茶屋） |
| ある日その四 | 茶さじ郎の薮入り（ある日の長屋） |
| ある日その五 | おとくの花嫁紹介？ （ある日のおなか茶屋） |
| ある日その六 | 易より山勘（ある日の長屋） |
| ある日その七 | 雨降りの日は酒盛りの日（ある日の長屋） |
ある日その五
おなか茶屋でのある日おとくの花嫁紹介？
ある日の住人 なか とく もへじ とめ
とく
こんにちは。おなかさん、今日もお団子買いに来てしまいました。
なか
いらっしゃい、おとくさん。
それにしてももとお武家の奥様のおとくさんが、
うちの団子を気にいってくれるんだから嬉しいね。
とく
あら、おなかさんのお団子はとても庶民的でいいですわ。
なか
それって、誉めてくれてるのかな？
おとくさんもだいぶ長屋の暮らしに慣れたね。
とく
えー、わたくし達、長屋暮らしがとっても気にいってます。
今まで武家の身分だしきたりだって窮屈さに縛られていた自分達が、とても損していた気分です。
世間では、落ちぶれて可愛そうにって見られるかもしれないけれど、とんでもない。
ほんとは、身なりも早く替えたいのです。
でも、義母上は武家の誇り高いお方でしょ。
なんとか仕官の口を探せってちょくちょく訪ねてきます。
私たちが町人の格好になりきってお迎えしたら、
どんな修羅場になるか、あーおもしろ…、いや、おそろしや！
でもね、まだちょっと皆さんのような威勢のいい会話ができないけれど練習してるんです。
聞いてくださる？
テ、テヤンデェ、ベラボウメィ！
なか
おっ、おとくさん、どうせ練習するなら他の言葉にしたほうがいいと思うよ。
とく
でも武家風の格好でいるのも変でございますね、あのコキタネエ長屋でよー。
なか
あっ、あのですね、一部だけ激しく崩すのはいかがなものかと…。
もへじ
おなか、団子おくれ。おや、おとく様もいらしてたんですか。
とく
おとくさんって呼んでって申しましたでしょう。
そんな丁寧なお言葉もお使いにならないでくださいまし。
わたくし達、立派な庶民になりきる所存ですのよ。
もへじ
さいでした。
いや、どうも教養があるもんで、ついスラスラッと出ちまうんですなー。
わたくしも、この教養を隠す所存でまいりますことですでござる、イテッ！
なか
馬鹿だね。舌かんでるよ。情けない噺家だね。
とく
でもね、立派な町人になるには何か仕事をみつけないとだめでしょ。
何か私達にできることないかを探しているところです。
やっぱり、浪人の定番は傘張りの内職かしら？
なか
天さんは学問もいろんな小難しいこと知ってるから手習指南所でもやったら？
もへじ
でもよー、このへんにはたくさんあるぜ。
なか
だったら、武道も免許皆伝だし剣術指南とかはどうだい？
もへじ
でもよー、道場作るのに金がかかりすぎるだろ。
なか
青空道場でもいいだろ。それなら、長屋でおとくさんが武家の行儀作法を指南する。
もへじ
でもよー、あのぼろ長屋で行儀作法指南はちょっとな。
なか
じゃあ、想像力も養える行儀作法指南ってことにすればいいだろ。
もへじ
でもよー、あそこじゃ、並大抵の想像力じゃおっつかねえぞ。
なか
だったら、出張指南っていう手もあるね。
もへじ
でもよー、もとお武家の奥様だよ。
そこまでやっては、惨めになるだけじゃないかね。
行った先が、元出入りの商人のところだっだりなんかしたら、くーっ、泣ける話だねえ。
なか
うるさいね、おまえは。
人が頑張ろうとしているのに、さっきからでもよー、でもよーって、否定的なことばかし言うんじゃないよ。
とく
そうですよ。わたくし、立派な町人になろうと決めた上は、恥も外聞も捨てる覚悟はできてますわよ。
まあ、さすがご商売をなさっているおなかさん、いろいろ思いつきますわね。
おなかさん、わたくし今の話、ひとつひとつ真剣に考えてみますわ。
もへじ
えらい！ようし、こうなったらあっしも江戸っ子でえー。ひと肌脱ぎやしょー。
なか
いよっ、それでこそもへじ！それで何するんだい？
もへじ
そうだな、何しようか。
なか
これだもんね。頼りにならない男だよ。そんなんだから嫁が来ないんだよ！
もへじ
うるせいやい！そういうオメエだっていつまでも嫁の貰い手がねえじゃねえか！
なか
へん！嫁の貰い手なんざ、この嫁不足の江戸では五万といるさ。
男やもめにうじが湧く、女やもめに花が咲くっていうんだよ！
もへじ
花が咲いたってもなあ、おめえの場合は、鼻が咲いてるんだよ。
なか
大体あたしゃ、世間体を気にするから嫁入りするって気がないだけなの。
もへじ
へん、あっしだってな、世間体を気にするから嫁入りするって気がないんだよ。
なか
おまえが嫁入りしてどうすんだい。
もへじ
あっ、間違えた、嫁とりだよ！
とく
まあまあ、お二人ともお仲がおよろしいこと。
もへじ
ぶっ！あちっ！鼻からお茶飲んじまった。ゲホッ。
なか
ぎょえっ、あーあ、団子をつぶしちまったよ。
とく
あー、そうだ！！
もへじ
あちちっ！
なか
あれー！
もへじ
なっ、なんでえ、今度は目ん玉からお茶を飲んじまったじゃねえか。
なか
団子をどっかにすっとばしちゃったよー。
もへじ
おう、その団子、ここの皿に飛んできてらあな。手間省けていいや。
とく
あら、ごめんなさいましね。でも、わたくしお二人見ていて、とってもいいこと思いつきましたの。
なか
私らを見て？
もへじ
へー、それは一体なんだいどんな問題？なーんちゃって、イテッ！
なか
ったく、そんなことばかり言ってるから、おまえの落語はいつまでたってもうまくなんないんだよ。
それよりおとくさん、なんだい？
とく
町のお嬢様方に武家の行儀作法やお茶お花などの花嫁修業をしてさしあげるの。
そして、そのお嬢様方に縁談も紹介するってどうかしら。
なか
なるほど、それなら天さんに剣術や学問を教えて欲しいという若者も集めることができるかも。
とく
あらっ、そうですわね。
私、人の縁を取り結ぶのって前から興味あったし。
ちょっと、これは掘り下げてみる価値がありそうですね。
こうしてはいられません。
天之太助様に話してまいりますわ。
アッ、その時にはお二人もどうぞ。それじゃ。
なか
あれ、もう行っちゃったよ。
おとくさんっておっとりしているようで、結構足が速いんだねえ。
しかし私ら見て、そんなこと思いついたか。
もへじ
でも武家の花嫁修業した娘を紹介してもらえるなんて、悪くはないなー。
お帰りなさいませなんて、こう三つ指ついて迎えられて、
「旦那様、お食事の間お琴でも爪弾きましょうか」なーんて言われてさー。
なか
あの長屋にお琴なんぞ置いた日にゃ、おまえは外でおまんま食わなきゃなんないよ。
大体、あの長屋は鳴り物禁止だよ。
もへじ
へん、おめえの、化け猫が引きつけおこしそうな三味線とはワケがちがわあ。
あっしの女房の、流れるようなお琴の音色は別なんでやんす。
なか
あれっ、もう嫁さんもらったつもりでいるよ。幸せなやつだねえ。
もへじ
もっともこの話は、おめえには関係ないことだけどな。
おとくさんは娘さんたちに教えるって言ったからな。
なか
おとくさんがお二人もって言ってたのが聞こえなかったのかい？
前からじじくさいと思ってたけど、もう耳も遠くなったんだねえ。
しかし、男は相手が花嫁修業した娘で、
女はこんなもへじみたいな奴らの中から選ばなきゃなんないってのは不公平だよ。
もへじ
悪うござんしたね。
なか
そうだ、もへじみたいのばかりにならないように、
男は最初に私が会って入れるかどうかを決める。
私好みに偏っちゃたりして！ムフフ…。
こうしてはいられない、善は急げだ。
ちょっともへじ、とめがすぐ戻ると思うけど、それまで店番頼むよ。
おーい、おとくさーん！
もへじ
なんだろね。
あせってまで嫁ぐ気がないと言うわりには、
思いっきり公私混同の気合が入ってるみたいですけどねー。
いかにも、あいつの考えそうなこったけどよ。
男は稼いで一家を養っていければいいんだよ。
…あれ？…ひょっとしてあっしはそれも危ないんかあ？
いやいや、あっしの女房はあっしが芽を出すまで、影になり日向になり支えてくれるんだもんね。
「苦労させるが、必ず幸せにする。ついてきてくれるか」
「はい、私は旦那様を心からお慕いしております。
信じてますから、どこまでもついてまいります」
なーんちゃって！、いやー、どうしよ！コノコノ！照れるなあ！
とめ
ただいま！
あれ、もへじさん、なに一人で赤くなってニタニタしてるのよ。
もへじ
えっ、あっ、いや、その…、
とめ
あー、きっとへんなこと考えてたんでしょ、キャーヤラシー！
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