おまけの
「あっぱれ長屋にいらっしゃい」の江戸っ子達の一こま
| ある日その壱 | 自分の不幸は蜜の味（ある日のどう造の辻占い屋） |
| ある日その弐 | 浪人天さんの母来たる（ある日の長屋） |
| ある日その参 | ♪おとめのいかり（ある日のおなか茶屋） |
| ある日その四 | 茶さじ郎の薮入り（ある日の長屋） |
| ある日その五 | おとくの花嫁紹介？ （ある日のおなか茶屋） |
| ある日その六 | 易より山勘（ある日の長屋） |
| ある日その七 | 雨降りの日は酒盛りの日（ある日の長屋） |
ある日その四
長屋でのある日 茶さじ郎の薮入り
ある日の住人 おはぎ どう造 もへじ
もへじ
あれ、おはぎさんよ、
今日はやけに張り切って飯の用意してるねえ。
はぎ
そりゃそうだよ。
茶さじ郎が薮入りで帰ってくるからね。
もへじ
そっか、薮入りかあ。
でも薮入りったって、目と鼻の先に奉公しているんだし、
道でもしょっちゅう会ってるし、ここらにもよく使いでくるし、
そんな大げさなもんでもねえだろ。
はぎ
近くにいたって、奉公に出した以上は、
ここで川の字で寝るわけにもいかない、
道で会ったからといって仕事中に、
話をしているわけにもいかない。
他の奉公人の手前だってあるしね。
抱きしめたい心を押し殺す。
つらいわあ。
もへじ
道ならぬ恋みたいなことを言ってらあ。
どう造
おはぎい、もう、茶さじ郎はけえったか？
ほれ、いい魚が手にへえったぞ。
もへじ
あれ、どう造も今日はまともな格好しちゃってるよ。
おめえも辻占いで毎日橋のたもとにいるんだから、
しょっちゅう茶さじ郎が通るのを見てるじゃねえの。
どう造
何言ってる。
寒い日も暑い日もおれの目の前を、
荷物をかかえて使い走りしているわが子を見送る。
すまねえな、おとっつぁんの甲斐性がないばかりに…。
はぎ
わかってるじゃねえか。
どう造
ゲホッ！
お、おれが代わりに行ってやらあというわけにも行かず、
一生懸命がんばる姿を、ただただせつない思いで見送るだけ。
つらいわあ。
もへじ
おめえも、道ならぬ恋か。
まっ、それが親心よな。
茶さじ郎
おとっつぁん、おっかさん、ただ今、戻りました。
どう造
おー、おかえり。
道中、疲れたろう。
もへじ
疲れるほどの距離か。
同じ町内。
はぎ
さ、足を洗ってあげるよ。
もへじ
足洗うほどの距離か。
歩いても数百歩。
茶さじ郎
おとっつぁん、おっかさん、これお土産です。
どう造
そんな気を使わなくてもいいんだよ。
おや、これは七福庵の和菓子じゃないか。
ここのは、おいしいんだよね。
ありがとうな、ちゃあちゃん。
もへじ
ちゃあちゃん？
いつからそう呼ぶようになったんだ。
茶さじ郎
ここのご主人が、おめでた屋の主人と気が合うらしくて、
最近よく見えるんです。
それで、なぜか私ごときにも大変目をかけてくださって、
薮入りの土産に持っていきなさいって、くださったのです。
それも、近所の方にもって、こんなにいただいたんですよ。
ありがたいことです。
どう造
向こうも商売人だあな。
あちこち配れば、宣伝にもなるし、
自分の株も上がるし、一石二鳥だ。
はぎ
ったく、ばかだねえ、あんたは。
こういう時は、親だったら、こんなふうに言うんだよ
いいかい、茶さじ郎。
まじめに働いていれば、それなりに見てくださる方がいるってことだよ。
それに慢心しないで謙虚な気持ちを持ち続けなさい。
ほら、「実るほど文句をたれる稲穂かな」って言うだろ。
どう造
そりゃ、「実るほど頭（こうべ）をたれる稲穂かな」だろ。
はぎ
あっ、そうだったかい？
文句たれる奴のほうが多いから、間違っちまったよ。
ちゃあちゃん、つらいことはないかい？
茶さじ郎
はい、みなさんよくしてくださいますから。
はぎ
親に心配かけまいと無理しなくていいんだからね。
つらいことがあったら、おっかさんにすぐお言い。
おめでた屋にめっ！しちゃうから。
もへじ
おめえら、茶さじ郎を奉公に出したら、
えらい猫っ可愛がりになっちまったなあ。
どう造
いいんだよ。
半年分の愛情だもん。
ねっ、ちゃあちゃん！
もへじ
しゃあねえな。
まあ勝手にやっとれ。
じゃな。
茶さじ郎
あっ、もへじさん、
もへじさんの分のお土産を持っていってください。
もへじさんには、皆さんと違うものを用意させていただきました。
もへじ
えっ、そんなにあっしに気を使わなくてもいいんだよ。
おめえはまだ子供なんだから。
茶さじ郎
いえいえ、いつも父と母がお世話になっているのです。
そんなわけにはまいりません。
もへじ
くー、泣けるね。
しかし、もともとしっかりしていたのが、
奉公に出てますます磨きがかかったねえ。
とてもこの二人の子とは思えねえ。
おめえ、本当はどっかからさらわれてきた子なんじゃねえか。
はぎ
人聞きの悪いこと、言わないでよ。
れっきとした、私がおなかを痛めて生んだ子だよ。
この子が生まれるとき、産婆さん呼んできてくれたのあんただろ。
もへじ
そういえば、そうだったなあ。
じゃあ、父親が違うのか？
はぎ
それはわからない。
どう造
えっ！
はぎ
冗談に決まってんだろ。
茶さじ郎はね、あたしに似たの。
どう造
違う、おれに似たんだ。
もへじ
どっちにも似てないから、言ってるんだろうが。
茶さじ郎
負と負をかけると正の数字になるのと同じことじゃあないですか。
どう造
おー、ちゃあちゃん、頭いいねえ。
はぎ
まったくそのとおりだよ。
茶さじ郎
おとっつぁん、おっかさん、ここはツッコムところですよ。
もへじ
それネタになるかも。
書いとかなくちゃ。
さっ、これ以上親子水入らずを邪魔しちゃ悪いから、あっしはけえるよ。
それじゃあ、遠慮なく土産をもらっていくよ。
…あれ、これはおなかのとこの団子じゃねえか。
茶さじ郎
いつもおなかさんが言ってたこと思い出したんです。
「もへじは、甘いものは、うちの団子しか食べられないんだよ」って。
だから、もへじさんの分は、
甘いもの大好きなご隠居さんのところに差し上げてきました。
もへじ
へ？あっ、あっ、あっ…
どう造・はぎ
ぶっ、はっはっは！
茶さじ郎
おとっつぁん、おっかさん、どうしたんですか。
はぎ
はっはっはー、くるしい。
どう造
あっ、あのな茶さじ郎、
それは、おなか茶屋の団子くらいしか買えねえ、ってことなんよ。
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