おまけの
「あっぱれ長屋にいらっしゃい」の江戸っ子達の一こま
| ある日その壱 | 自分の不幸は蜜の味（ある日のどう造の辻占い屋） |
| ある日その弐 | 浪人天さんの母来たる（ある日の長屋） |
| ある日その参 | ♪おとめのいかり（ある日のおなか茶屋） |
| ある日その四 | 茶さじ郎の薮入り（ある日の長屋） |
| ある日その五 | おとくの花嫁紹介？ （ある日のおなか茶屋） |
| ある日その六 | 易より山勘（ある日の長屋） |
| ある日その七 | 雨降りの日は酒盛りの日（ある日の長屋） |
ある日その弐
長屋でのある日 浪人天さんの母来たる
ある日の住人 たて太郎 もへじ おはぎ 天之太助 おとく 天之太助の母（特別出演）
ある日の夕方、もへじが長屋の入り口まで帰ってくると、
たて太郎が長屋のほうを覗き込んでいます。
もへじ
おう、たて太郎、おめえも今けえりか。
どうした、なに覗きこんでるだ？
借金取りでも来てて、へえれねえんか。
たて太郎
しっ、いいか、おはぎさんがよー、大根洗ってるんだ。
もへじ
は？おめえ、気でもちがったか？
んなもん、おはぎが大根くらい洗ったって、
別にめずらしくもなかろう。
たて太郎
バーカ、おはぎが大根洗ってたら大事件だ。
江戸中から見にくらあ。
おいらも見たいね。
もへじ
ちっ、言葉尻捉えて、やな奴だねえ。
そうかい、言いなおしゃいいんだろ。
おはぎ古奥様がお大根を洗うのはよくあることでございます。
たて太郎
それがよー、井戸端じゃねんだ。
見てみろ。
天さんの家の前にしゃがんで、
大根を洗う真似してるんだ。
もへじ
げっ、ほんとだ、なんだあれ？
たて太郎
それに、すごい恐い顔してるだろ。
もへじ
なんかのまじないか？
たて太郎
あんなまじない見たことねえぜ。
ひょとして天さんたち、呪い殺す気か？
もへじ
わっ、こっち見た。
おい、こっちにらみつけてるぞ。
ちょっ、ちょっとありゃなんかにとりつかれてるんじゃねえか？
わーっ、しゃがんだままこっちへかけてくる！
なんであんなことできるんだよ、逃げろ！
たて太郎
わー、怖いよー。
はぎ
ちょっと、静かにおしよ！
もへじ・たて太郎
はいっ！
はぎ
馬鹿、大きな声出すんじゃないよ。
今、天さんちに、天さんのおっかさんてのが来てるんだから。
もへじ
おっかさんて、いつもおとくさんが言ってた、
お家復興命の気丈なおふくろさんか？
はぎ
そうだよ。
あたしゃ、井戸端で大根洗ってたんだけどさ、気になってさー。
たて太郎
そんで、大根持って天さんの家の前で盗み聞きしてたんだな。
はぎ
盗み聞きなんて、人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。
もへじ
だったら、なんて言うんだ？
はぎ
そうだねえ、聞き耳たててたかな。
たて太郎
同じようなもんだろが。
はぎ
そんなら、あんたたちは聞きたかないのかい？
なら、別に話さないよ。
もへじ・たて太郎
いやいや、教えてええ。
はぎ
ほら、聞きたいだろ。
いいかい、ありゃ、聞きしにまさるおばばさまだねえ。
たて太郎
へえ、そんなにすごいんか？
はぎ
すごいも何も、あのおふくろさんから、
どうして天さんみたいのが生まれたのか、
不思議なくらいだよ。
もへじ
それを言ったら、
おめえから茶さじ郎みたいのが生まれたのも不思議だぜ。
あっ、おい出てきたぞ！
天之太助
母上様、お待ちください！
母
いいですか！町人になるなんてとんでもありませんぞ。
ご先祖さまにも顔がたちませぬ！
とく
義母上様！
もう少し天之太助様の話を聞いてあげてください。
母
お黙りなさい！
大体、あなたがそんなくだらない事を、天之太助に吹き込んだのでしょう！
とく
いや、吹き込まれたのは私の方で…、
あー義母上さま、とにかくお待ちください！
はぎ
あちゃー、ついに刀を捨てるって言っちゃったのね。
わっ、こっちに来る。
母
そこの３人、おどきなさい！邪魔です！
たて太郎
まあまあ、最後まで話を聞いてあげたらいかがです？
母
お前はなんですか。
若造のくせにえらそうに。
大体、そんな小汚い身なりで人の前をちょろちょろして無礼ですぞ！
たて太郎
なんだと！小汚くて悪かったな。
小汚いのはなあ、おいらが一生懸命働いた証よ。
こうして小汚ない身なりになるまで頑張って働く大工の技術がなきゃなあ、
いくら金積んでも、立派な座敷でふんぞりけえってられねえんだぞ。
掘っ立て小屋一つ建てられなきゃ、困るのはおめえらだ！
もへじ
おい、たてや、落ち着け。
それに、今はふんぞり返るような座敷もなくなったんだから。
母
なんですと！
お前もそんな小汚い顔で人の前をちょろちょろして無礼ですぞ！
もへじ
なんだと！小汚くて悪かったな。
小汚いのはなあ、あっしが一生懸命働いた証よ。
こうして小汚ない顔になるまで頑張って働く噺家の話術がなかったらなあ、
いくら金積んでも、落語も聞けねえんだぞ。
下手な落語一つ聞けなきゃ、困るのはおめえらだ！
はぎ
もへじ、そっちは別に困らないんじゃないかい？
もへじ
あれ？
母
全く、なんて下品な！
親又家の血をひく者がこんな人たちと暮らしていこうなんて、
この母は許しませんぞ！
天之太助
母上、それは言いすぎです。
そもそも身分なんて、人間が後から勝手に作ったもの、意味ありません。
足を引っ張り合う武家社会に比べたら、この長屋の人たちの方が、
人間としての心栄えはずっと立派です。
もへじ
おい、聞いたか？ちょっと照れるな。
たて太郎
俺たち、そんなにえらかねえよな。ハハハ…。
はぎ
そうだよ。そんなに持ち上げないでおくれよ。やだん、ウフッ。
全員
ブルッ！
天之太助
私たちは、ここでみんなに暖かく迎えられ、どんなにありがたく思ったことか。
おはぎさん、あなたは最初の晩に、慣れなくて食事の仕度も大変だろうって、
芋の煮っころがしを持ってきてくれましたね。
はぎ
あー、あれは、たくさん作りすぎちゃったから、
食べてもらってこっちも助かったんだよ。
とく
いいえ、おはぎさん！
追加でこっそり芋を買いに行ってくれてたのを、私、知っております。
天之太助
たて太郎さんは、雨漏りの修繕をしてくれました。
たて太郎
なんの、大工としては朝飯前のことよ。
とく
でも、ご自分の部屋の雨漏りを直すつもりだったのでしょう？
私たちは、あの日の晩降った雨では大変助かりましたけれど、
たて太郎さんは、ご自分のところの雨漏りが大変で眠れなかったでしょ。
天之太助
もへじさんは、気分が落ち込んでんじゃないかと、
落語を披露してくれました。
もへじ
イヤー、お恥ずかしい。
とく
ほんと、お恥ずかしいもんでしたけど、
いや、そんなことありませんでしたわよ。
おもしろかったですわ。
もへじ
なんか、素直に受け取れない。
天之太助
もへじさん、すまぬ。
おとくは正直者でつい口がすべったのだ。
もへじ
それ、慰めになってない。
とく
ごめんなさい。
私ったら、なんてことを言ってしまったんでしょう。
本当のことを言わないことが思いやりになることがあるのに…。
もへじ
立ち上がれない…。
なーんて嘘よ。
あっしは、そういう人の声を聞くたびに、かえってやる気が沸いてくるんだ。
よーし、今にうまい！って言わせてやるぞってな。
だから、お世辞より正直に言ってもらったほうがいいのよ。
たて太郎
そうそう、だから下手なお世辞より、
正直に言ってやったほうがもへじのためなの。
そうでなきゃ、ここまで落語続けてられねえもんな。
はぎ
それに、けなされてもいじけずに頑張るもへじはえらいよ！
ほら、もへじ、夕日がきれいだよ。
カラスもカーカー鳴いてみんな応援している！
もへじ、夕日に向かって叫ぼう！
たて太郎・はぎ
頑張れ、もへじ！明日はきっとやってくる！
とく
義母上さま、なんと麗しい…わっ、わたくしは感動の涙が…、
天之太助
母上、ご覧になりましたか！
なっ、なんと清く正しく美しい人たちがこの長屋に住んでいることか！
あれっ、母上､母上はいずこ？あら…いない…。
全員
やっぱり、ちょっと臭すぎたあ？
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